映画「カンタティモール」
ただいま、滋賀では、
今年の5月26日に、
アースディしがをしましょうという動きが、
どんどん動きはじめています。
その中のメインイベントのひとつ。
に、先駆けて、最近、実行委員の方たちが、
今のうちに、見れるひとたちは見ておきましょうと、
「カンタティモール」の、
試写会を、何回か開催してくださった〜。
うちでも、先日ちいさく開催していただいて、
じっくり観ることができました。
いや、これ・・すごい映画ですよ・・?
また観たい・・。
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まずは、 ホームページより、この映画のあらすじを、
引用させてもらいますね。

***************:

東南アジア、東ティモールを舞台に、
大地とのきずなを描くドキュメンタリー。
1999年までの24年間で
人口の3分の1を失うという、
狂気のような殺りくを受けた
東ティモール。消えない悲しみを抱きながら、
許すという選択をした人々の姿が、
美しい音楽とともに綴られる。


日本が深く関わりながら、
ほとんど報道されなかった
東ティモール問題を取り上げた、
国内初の作品。


作者らは極力通訳を介さず、
住民と共に暮らす中から歌と
言葉を引き出した。ゲリラ兵や、
女たち、シャーマン、
獄中から東ティモール独立を率いた
初代大統領の貴重なインタビューが含まれる。
文字を持たない口承文化特有の、
詩のようにつむがれる言葉の数々が、
胸に残って離れない。

〜ストーリー〜

東ティモールで耳にした、
ある青年の歌。
日本帰国後もメロディが耳に
残って離れない。
作者は青年を探すため島へ戻る。
そして一つの旅が始まった--------。

「ねぇ仲間たち。ねぇ大人たち。

 僕らのあやまちを、大地は知ってるよ-------」

歌はこう始まっていた。

直接的な言葉を歌えば命に危険が及ぶ、

インドネシア軍事統制下にひっそりと歌われた歌だった。

青年に連れられて、作者は島の奥へと入っていく。

そこに広がるのは、精霊たちと共にある暮らし。

太陽に照らされた、はじけるような笑顔の人々。

その一方で、人口の3分の1の命を奪った

インドネシア軍の攻撃が濃い影を落とす。

報道にのらない地下資源ビジネス、

日本政府の驚くべき行動。


「悲しい。いつまでも悲しみは消えない。

でもそれは怒りじゃない。」

「日本、ティモール、インドネシア。みな同じ。

母一人、父も一人。大地の子ども。
叩いちゃいけない。怒っちゃいけない。」


弾丸が飛び交う中、人々は命をわけるように助け合い、

大地への感謝を歌と踊りに表し続けた。


自然を敬い、輪になって踊る、遠く懐かしい風景。


いつのまにか、ティモールの旅は

そっと作者に問いかける。愛すべきふるさと、

日本の島々の姿を-----。

*************

美しい歌や映像の中に、

時折現れる、残虐な殺戮の映像。

そこに住む人達の苦しみ・・・。

東ティモールを攻撃していたインドネシアを、

日本が応援していたその事実・・。

ふぅ・・・・。

東ティモールが独立したのが、

1999年?それまでの24年間、

そのような悲劇が、東ティモールで起こっていたの?

そのころのわたしはなにしていたのかなぁ・・

20代後半のわたしは、そんなことも知らずに、

のほほん暮らしていたよねぇ・・。

平和ボケっていわれてもしかたない?


わたしね、ホ・オポノポノの考えかた好きなんです。

世の中で起こっていることは、

すべて自分の反射であるというような、かんがえかた。

わたしは、それホントじゃないかと想っています。

だから、自分が今よりも、

もっともっと平和になれば、

世の中も、もっともっと平和になると想っているの。


東ティモールで起こっていたこと。

自分のせいだと悲観するわけではないけれど、

決して他人ごとではないと想う。

自分につながっていること。


この映画には、

たくさんの学びがあると想うし、

そこから感じ、自分の中でそれを消化し、

自分の中で、ちからづよい芽を育ててゆける、

すばらしいエッセンスがあるように想います。


じっくり観た。とかってかいたけれど、

実のところ、

ちょっと手作業をしながらみていたところもありまして・・

また、機会があればじっくりみてみたいと想っています。

信楽の、T〜さんも、

観れば観るほど、

感じるものが多くなる映画と、

いってはったしな〜。


うん。またみたい映画です。


自分の目の前で、大切な人たちをころされたり、

家を焼き払われたり・・

そんな過去を持ちながら、

大地へ感謝し、許し、

前へ向かって歩んでいっている

東ティモールの人達の姿。


観よう。


そして、この前、いっしょに映画をみてくれた友人が、

映画を観て、感じたことをシェアしたくれた。

その内容が、とても貴重な感想だったので、

友人に許可を頂いた上で、

こちらにのせさせてもらいますね。

**************

昨日は「カンタティモール」観れて嬉しかった!
どうもありがとう!
観ながら何度も涙が出た。
あの悲劇を経験しながらも、
あの精神性を貫き、
今もものすごく悲しんでいるけど、怒ってない。
その境地。
かつての敵をも兄弟と言えるなんて。
私のアボジ(父)とハルモニ(おばあちゃん)たちの故郷の
済州島でも第二次大戦終戦〜朝鮮戦争のころに
島民の大虐殺があったんよ。
その時には島の1/3やっけ2/3の人が殺された。
うちのアボジは当時2歳。
ティモールの人が森に隠れたのと同じで、
村人全員で隠れた。
追っ手が来た時にアボジが泣いたんやって。
そしたら「村人全員が見つかって殺されるから、
その子を殺しなさい」とハルモニは言われたんだって。
ハルモニはアボジをぎゅーっと抱きしめた。
そしたら泣き止んだから殺さなくて済んだんやって。
でも当時アボジと同じくらいの子どもは
そういう場面で泣く泣く殺さざるを得ないことが
あったって。
アボジは運が良かったし、
ハルモニも生き残ることができたから、
私もこうして生まれて来れたんよ。
ハルモニのお兄さんたちは目の前で殺されたって。
もう信じられないことがあった。
「済州島4.3事件」ていうねん。
10年ちょっと前までは経験者が語ることも
許されなかった事件。
真相を語ることを韓国の法律で認められた後で
やっとハルモニたちも語ってくれるようになったよ。

だから、昨日の映画は、ほんまに、良かった。
許すこと、できるかわからんけど、
やっぱり怒りよりも悲しみの方が大きいと思う。
持続するのは悲しみなんじゃないか。。
怒りからは新たな悲しみが生まれると思う。
毎年シャーマンによる供養が行われてる。
大阪でも慰霊祭沢山集まって毎年してる。
**************
友人の文章を読んで想ったこと。
今、こうして日本に住んでいると、
なかなかそんなふうに想えないけれど、
実はこうして今ココに生きていることができることは、
とってもありがたいことで、
いうたら、ほんま奇跡みたいなことであること。
あらためて、
今ココに在れて、こうやって生きていられることに、
感謝して、
いただいたこの生命。
大切に・・
やりたいことやって、
天命をまっとうできたらよいなと想います。
・・・・ト、ソノヨウナ コト ヲ
オモイマシタ。




| tamairo | 新しい地球 | 05:48 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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